テロワールに活路を開く
ウイスキー新時代

CASK & FORESTの立ち上げと推進にあたっては、日本のウイスキー文化の創成と発展に大きく寄与されてきたウイスキー文化研究所の土屋 守氏に賛同いただき当社顧問としてともに歩みを進めています。土屋氏による、私たちのCASK & FORESTの理念や想いにも通じるジャパニーズ・ウイスキーの起源とその後、そしてウイスキーの今の話をお届けします。

ジャパニーズ・ウイスキーの原点は、スコッチにある

ジャパニーズ・ウイスキーの起源は1923年。株式会社寿屋(現:サントリー株式会社)が創業を決定し、山崎蒸溜所の建設を開始したのが始まりです。

スコッチウイスキー(スコットランド)、アイリッシュウイスキー(アイルランド)、アメリカンウイスキー(アメリカ)、カナディアンウイスキー(カナダ)、ジャパニーズ・ウイスキー(日本)を僕らは「5大ウイスキー」と呼んでいます。最も古い歴史を持つのがアイリッシュで、その次がスコッチ。アイルランドやスコットランドの人がやがて新大陸へと移民し、アメリカやカナダでウイスキーづくりを始め、アメリカンやカナディアンが生まれた。ここまでは全てにケルト民族が絡んでいるけれど、ジャパニーズ・ウイスキーはというと、まったく別のところでできたものです。

欧化政策の一環として1883年に建設された鹿鳴館が象徴するように、日本が欧米に追いつこうとしていた明治時代、その終わりごろには、ウイスキーが日本のちまたでも出回るようになっていました。日本で最初につくられたウイスキーといえば、幕末から明治にかけて、薬や舶来品を扱う薬種問屋がいろいろなものを混ぜてつくった、いわばイミテーション。それが明治の晩年、欧米の列強に追いつこうとしている最中、いつまでもイミテーションをつくっている場合ではない、本格的なウイスキーづくりを始めなければと考える人が出てきました。サントリーの創業者である鳥井信治郎や、大阪の洋酒メーカー・摂津酒造の阿部喜兵衛とその右腕であった岩井喜一郎。そして、岩井喜一郎の後輩として摂津酒造の門を叩いた竹鶴政孝です。そして摂津酒造は、竹鶴政孝をスコットランドに留学させます。

竹鶴政孝がスコットランドで学んだことが、まさに日本のウイスキーの原点であり、それは大学ノート2冊に書き留められた「竹鶴ノート」としても残っています。つまり、日本のウイスキーの原点はスコッチにあるということ。ところが、2年間の留学の間に、摂津酒造の財政基盤はウイスキーという新規事業を立ち上げるのが困難になっていた。そこに助け舟を出したのが、鳥井信治郎です。1922年、摂津酒造を辞めて浪人していた竹鶴のもとに鳥井信治郎がやってきて、「一緒につくらんか」と立ち上げたのがサントリーの現在の山崎蒸溜所なのです。

栄枯盛衰、ウイスキー冬の時代

ウイスキーのトレンドは、長らくブレンデッドウイスキーにありました。もちろん現在においても、重要なポジションを担っています。ブレンデッドウイスキーをつくるためには、原酒としてモルト(大麦麦芽)のみを原料とするモルトウイスキーと、トウモロコシや小麦など大麦以外の穀物を主原料とするグレーンウイスキーが必要となりますが、ブレンデッドをスコットランドに次いで販売したのが、スコッチを原点とする日本のウイスキー。アイリッシュのブレンデッドはここ50年くらいの話ですし、アメリカンやカナディアンは根本からして違う。結局、世界のウイスキーのトレンドをリードしたのは、やっぱりスコッチであり、それをコピーするようにして生まれてきた日本のウイスキーも、同じように世界で注目されてきたわけです。

とはいえ、ウイスキーは非常に浮き沈みの激しい産業です。およそ200年の歴史を持つスコッチも、20〜30年周期の栄枯盛衰を経験してきました。そして日本は、第二次世界大戦時を筆頭に、もっと激しい盛衰がありました。それでも、戦後復興とともに日本のウイスキーも復興を遂げていき、1980年代初頭にはジャパニーズ・ウイスキーのピークを迎えた。ところが、一転右肩下がりへと転落する。バブルの時代、日本の好景気に対して世界の視線は非常に厳しく、関税を下げざるを得なくなっていた。ジャパニーズ・ウイスキーは高い関税によって守られていたため、日本が経済成長するほどに本場スコッチに対抗できなくなっていったのです。90年代、サントリーの佐治敬三氏が「一人1本ウイスキーを買って飲んでくれ。そうしないとサントリーは潰れる」と全社員に対して号令をかけたという逸話があるほど、長く厳しい冬の時代がありました。

ブレンデッドウイスキーにおいて最も怖いのは、原酒がないということです。原酒がないと、つくることができない。それがあるから頑張ってつくり続けるわけですが、売れない時代にフル稼働でつくり続けることは財政的な苦しさを伴います。冬の時代、大手でさえも年間1〜2カ月つくれたらいいような状態が続き、それが今の品薄や価格高騰にもつながっている。昨今、終売になっていた銘柄が少しずつ回復してきました。喜ばしい反面、一度つくることをやめてしまえば、回復には最低でも10年くらいかかるということです。

シングルモルトが台頭し、ウイスキーの新時代が幕開けする

さて、2008年を底に、以降再び、世界的にウイスキーが流行り始めました。私たちも想像していなかったくらいに、ここ10年、ジャパニーズ・ウイスキーも世界的な人気を博しています。

注目すべきは、市場において共通項として言われているのが「クラフトウイスキー」であるということ。クラフトウイスキーはほぼシングルモルトに特化しているため、言い換えれば、世界のウイスキー市場はシングルモルトがキーになっている。つまり、ウイスキーの持つポテンシャルが過去誰も経験したことがないようなものになり、ブレンデッドが主体だった時代とはまったく異なる時代へと突入しているのです。

それは日本のウイスキー産業においても同じです。非常にエポックメイキングな出来事として、2008年2月、株式会社ベンチャーウイスキーが秩父蒸溜所でクラフトウイスキーの生産を開始したことが挙げられます。当時、誰もがうまくいくと思っていなかった。その頃、女優の小雪さんを起用したサントリー角ハイボールのテレビコマーシャルが当たって、ハイボールが多少なりにも流行っていましたが、世間はハイボールをウイスキーだとは認識していないという問題があり、そもそも、ウイスキーはやっぱり売れていませんでした。ところが、クラフトウイスキーというキーワードとともに、あれよあれよと世界的にまたウイスキーが流行ってくる。ジャパニーズ・ウイスキーであることに誇りを持ち、ハンドクラフトにこだわったモルトウイスキーを生産する秩父蒸溜所も大成功しました。

今、世界中でクラフト蒸留所ブームが起きている。他に負けない個性をどうしたらつくり出せるのか、そしてつくり手の数だけある個性をどう評価するか。ウイスキー専門家さえも経験したことのないような時代へと突入したのです。そうした中で、つくり手や評論家など、ウイスキーに関わる人たちの間でさまざまな議論が行われ、生まれたキーワードが、地理、地勢、気候、土壌といった自然環境要因、さらには栽培技術や生産者の影響まで含めた、その土地特有の個性を指す「テロワール」です。

ウイスキーにおいて、
テロワールの一番は樽にある

これまでは、ウイスキーは蒸留酒なのだからテロワールもへったくれもないと思われていました。ところがここ数年で、大麦の品種や、どこで採れたかによっても味が違うということが分かり始めました。そう考えると、糖化の方法や酵母の種類、蒸留によっても味が変わってくるわけですが、蒸留酒の中で最も長い期間を樽の中で寝かせるウイスキーにおいて、一番大きな影響を与えるのは樽(=カスク)である、ということに行き着いた。樽によって、あるいはその樽の置かれた場所によって、香味や味が全然違ってくるのです。

ウイスキーの樽は、1本の木から数樽程度しかつくることができません。では、1本の木が持つ個性とは何なのか。同じ森から切り出した木であっても、場所が少し違えばまったく違う木になります。また、1本の木が樽になるのには最低でも80年かかる。日本のミズナラであれば、200年から300年ぐらいかかる。300年前にその木はどう芽吹いて、災害などの天変地異も含めどういった地球環境の中で育ってきたのかまでたどると、唯一無二の個性が輪郭を帯びてくる。今、行きつくところは一つの樽であり、樽を極めることで全く違うウイスキーをつくり上げられることに、世界中のつくり手たちが気付き始めています。

樽が大事だとなると、その樽が置かれている場所はどこなのか、熟成の環境も大切になってきます。そうして改めて日本の気候風土に着目すると、実にバリエーションに富んでいることに気が付きます。北は北海道の利尻島・礼文島から南は八重山諸島まで、日本の国土は南北で3000キロぐらいの距離がある。その南北はもちろん、日本海側と太平洋側とでもまるで異なる気候を持ち、標高差も実に富んでいます。そして、ウイスキーづくりにおいて欠かすことのできない森林の国土に占める割合は先進国トップクラス。テロワールを追求するに事欠くことのない風土や環境、そして森を有しているのが日本なのです。

ウイスキー市場が成熟する今、単なるブランドの希少性や価格競争ではなく、本質的な味わいの違いと背景にある物語が問われる時代に入ったと感じています。だからこそ、日本の四季、日本の木、日本の熟成という地に根ざしたクラフトを通じて、新しいウイスキーの体験を提案していくことができると確信しています。そしてそれは、正真正銘のジャパニーズ・ウイスキーに他ならないのです。

Profile

CASK & FOREST
顧問
土屋 守(つちや・まもる)

1954年新潟県佐渡生まれ。株式会社ウイスキー文化研究所代表。スコットランドで出会ったシングルモルトをきっかけに評論家として活躍。1998年に「世界のウイスキーライター5人」の1人に選出。NHK連続テレビ小説『マッサン』のウイスキー考証を担当。著書に『完全版シングルモルトスコッチ大全』『ウイスキー完全バイブル』『土屋守のウイスキー千夜一夜』など多数。『Whisky Galore』編集長、TWSC実行委員長。